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ここロンデンディアの世界では二人の英雄が称えられていた。
賢者ロイと魔術師サアディー。
この二人はかつてこの世を征服しようとしていた悪鬼を倒したという譚が語り継がれている。
そして二人は世界を救ったのだ。そしてその物語には続きがある。


彼ら二人は結婚をして、幸せになった。

「どこまで良いお話でしょうね。まったく子供に聞かせるならまだしも大人がこれを信じているなんて盲目すぎではないのかしら。」
「ちょっとレグ、あまり大きい声でそんなこと言わないほうがいいよ。」
周りを気にしながらきょろきょろ見回している姿はどこか滑稽だ。
それを鼻で笑いながらレグラシアは口を開けた。
「あら、バァロ、私たちラムサ王に仕える身である者なら誰でも思っている筈よ。そんな馬鹿げたことを流布しているロンデンディア協会は気違いだってね。それにそんなきょろきょろしたって王城の中よ。協会関係者なんていないに決まってるじゃないの。」
そう言った彼女は奇麗に束ねて上にくくり上げたその髪の色は太陽を反射させ、見事な金色だ。
その前を見据える瞳もその髪の色と同じで見る者に鮮烈な印象を残すであろう。
高いヒールをカツカツと音を立てさせながら歩く様はどこか高慢に見える。
しかし、レグラシア・パルロスはラムサ国の王に仕えるれっきとした宮廷魔術師となるものだ。
対して半歩後ろに付いてきているバァロ・モンテ。
グレーの刈り上げで髪型だけは男らしいが今の表情は情けなさを前面にだしていた。
レグラシアを並ぶとますますその感が強くなるが、実は彼、剣士見習いだ。
二人は同期なのだが、いかせんバァロの方は技術だけはあるもののその気弱な性格のせいで正式な剣士とはなれないでいた。
そして、本人は否定しているがいつのまにか城内の暗黙の了解でレグラシアの補佐官という位置に納まっている。
「それが、今日、協会関係者がこの王城にいらしているんですよ。」
「へぇ、初耳ね。」
「それは貴方が定例会議をサボっているからです。」
バァロの眉が一気に吊り上がるのを面白げに見るレグラシア。
どうも彼女は彼を怒らせる事の天才らしい。もっとも故意にやっているのだが。
そんなことに気付かず日頃の彼女に対する鬱憤を晴らすためにどんどん言葉が口をついてくる。
それを半ば流しながらレグラシアはバァロを引き連れて歩く。
「聞いているんですか!レグ。」
「聞いていないですよ。バァロ。」
「なっ。」
真っ赤になって怒る様は愛らしいとさえ思っていながらレグは前から来る集団に気付いた。
「バァロ。」
「何ですか。」
憮然とした様子にからかってやりたいが、今はそれどころではない。顎で前から歩いてくる集団を示すとようやく気付いたのか慌てて姿勢を正した。
「おや、レグラシアとバァロですか。」
すかさずバァロの方はその場で頭を下げる。
レグラシアは目礼をする。
「バァロ顔を上げなさい。慇懃無礼な態度はあまり好きではありませんから。」
「す、すいません。」
「陛下、協会の方と会っていたのですか。」
「おや、知っていたのですか。」
意外だと言わんばかりの驚きようだ。
その驚き方がまた何と言うか技とらしい。
レグラシアは癇に障るその言い方に米神がピクリと動く。この物言いはいつものことなのだ。
レグラシアの方は最初こそ食ってかかっていたのだが、最近では学んできたのか我慢することを覚えた。
いくら宮廷魔術師といえども、これくらいのことで怒り狂っていたら貴族達とは渡り合っていけない。
「ええ、あなた様に仕える宮廷魔術師なのですからそれくらいの情報は知っておいて当然のことです。」
といえば案の定、斜め後ろからじとりというような目線が突き刺さる。
「ほほう、定例会議をさぼっていると聞いていたのですが。」
この王の回りくどいこの遣り方が気に食わない。
慇懃無礼が嫌いだと言いながらもいつもこの王は丁寧に話をする。
その方が相手を刺激すると分かって使っていて、なおかつレグラシアを見て反応を楽しんでいるということは分かりすぎるほど分かってはいるがやはりレグラシアはなかなか腹の虫が疼く。
とはいっても目の前の男は仮にも王だ。
こんな誰が聞いているとも知れない公の廊下で失礼な言動をとったらまさに貴族達の格好の獲物だ。
唯でさえレグラシアは目をつけられているのだから慎まなければならない。
レグラシアはちらりと王の目を見ると面白そうにこちらをうかがっているのがおおいに分かった。
この人は普段、好奇心旺盛な子供みたいな目をしている。だから王として人の前に立つときあまりにも相違点がありすぎて怖いと思うときがあった。油断すると呑まれてしまう。王になるべくして生まれてきた男だと肌で感じる。だからレグラシアはこの男の前に跪くのだ。
「生憎、頭が良いお爺様方の話し合いにはついていけないですし、私が参加しなくとも優秀な補佐官がおりますゆえ。」
何にも言わないが、横から先ほどよりも非難する目線がよこされる。
「それも一理あると思うが、やはり年の離れた人と語り合うのも良いと思わないですか。それに彼らは我々よりも叡智に富んでいるので敬うべき対象ですよ。」
この王自身が思ってもないことをすらすら口にできるあたり相当な策士であると思える。
その口に浮かべる薄笑いもその言葉を胡散臭くする要因にもなっていることをその場にいるレグラシアは誰よりも感じていた。
それもこれもレグラシアがバァロをいじるように王がレグラシアをいじるためにいいはなっているのだからどうしようもない相関図だ。
「王自身そうは思っていないように見受けられますが。」
ここでゴングが鳴り響き、レグラシアはついに王へと噛みついた。
「おや、どうしてわかるのかい。」
ここまできたら最早だれにも止められない。
この二人のこうした言いあいはいつものことで、表面上は取り繕ってはいるが、水面下では激戦が繰り広げられているのだ。誰もが呆れかえってはいるのだが、下手に入って火の粉がこちらに飛んでくることになっては嫌なので誰も止めようとはしない。
しかし、今日はその強者がいた。好奇心が恐怖に打ち勝ったのだ。
「ところで陛下、協会側はなんとおっしゃられたのですか。」
バァロが決死の覚悟でその会話に入って行った。もしもこれを城の誰か一人でも見ていたならバァロを英雄扱いするであろう場面だ。
そして王の後ろで控えている近衛達は戦々恐々とした面持ちでその成り行きを見守った。きっとこのことは明日には城内中に広まっていることだろう。
「ああ、バァロ。すっかり忘れるところでしたよ。思い出させてくれてありがとうございます。」
レグラシアに向いていた矛先がそのままの勢いでバァロに向いたのでバァロは無意識に顔を歪め半歩下がってしまった。
それに気付いた王はますます笑みを深める。
「陛下、私の補佐官をいじめないでもらえますか。」
その様子を見たレグラシアはすかさず矛先を自分に戻すために口を開いた。
「いじめてはいないが、弄ってはいますよ。彼の反応は私好みでつい、楽しくて。」
どうやら本音がポロリと出てしまったようだ。
「お気持ちは痛いほど分かりますが、彼をいじめることができるのは私だけの特権ですのでお止め下さらないかしら。」
「レグ・・・・。」
諦めたように呟くバァロは悲壮な表情を晒している。
「おやおや、嫉妬深いですね。まぁ、今日はバァロに免じてこの辺で止めておきましょうか。えっと、確か協会の話でしたね。そうですね、貴方達には言っておきたいことがあるのでちょっと私の部屋までご足労お願いしますよ。」
そういってついてこいと言わんばかりにさっさと歩きだしてしまった王に続いて二人も続いて歩いて行った。
結局一番の被害を受けたのはバァロだった。







着いたのは王の執務室だ。
ほとんど余計なものはない。貴族達は競うようにあれこれと値が張って趣味がいいとは思えないものを置きたがる。
もちろんそうでない貴族もいるのだが、そのような貴族が多すぎる。
それと対照的にここは殺風景と言っていいだろう。それを見とがめた侍女が花瓶を持参して庭に咲いている花を生けたくらいだ。
しかしその花瓶も本棚の上に直行することになった。それに侍女はため息をつきながらも渋々頷くのだ。
目を通さなければならない書類が多くあるので机、以外にも紙が束ねて積み重なっているのだ。
「陛下、少し仕事をし過ぎなのではないのでしょうか。」
バァロはその書類の量を見て心配そうにおずおずと申し出る。
「ありがとう。しかし、私がやらなければ誰がやるんですか。一応、一国の王なのですからね。」
そう言われればバァロも引かざる負えない。
「陛下、バァロの言う通りですよ。せめて補佐官でもつければいいものを。」
「いくら優秀だとしても私が信頼できないのですよ。気疲れしてしまう。」
王は肩を竦める。
「確かに陛下につけるときは並々ならぬ信用が必要ですね。」
仕方なさそうに溜息をつく。
「でも私たちに回せる分くらいは遠慮なく回して貰っても結構ですよ。陛下が倒れでもしたらそれはそれで大変ですから。」
「ふふ、分かったよ。そうしておく。」
そう言うもどうせこの王はあまり回してはくれないだろう。
優秀な人材をできるだけ登用してはいるが、やはり貴族達が邪魔をするのだ。
レグラシア自身も平民の出なので貴族からの風当たりは強い。
なんとか王の負担を減らそうとしてはいるが、この王は強情で民の意見を耳に入れておきたいのか細かなものまで読んでいる様子だ。
「それで協会は何を言ってきたのです。」
埒が明かないのでレグラシアは話を戻した。
「ああ、要請しにいらっしゃったのですよ。」
王は厖大な書類が乗っている机の向かいにある、ある程度豪奢な椅子に腰をかける。
「要請ですか、それはいったい。」
「どうも各地で魔物が大量発生しているみたいで。まだ街の中にまでは流石に入ってきていないのですが、時間の問題だと申されまして、ね。協会側だけでは捌ききれない数だとおっしゃられまして嫌々ながらお願いにいらっしゃったのです。」
満面の笑みでそれを言う王は至極ご満悦のようだ。よほどその時の状況がおもしろかったらしい。
この王は少々偏屈で相手の嫌がる姿を見るのが好きだとか言う変態なのであるとレグラシアは思っている。
そもそも協会側はなぜかラムサの王側を嫌っている。
理由の一端はラムサの王側に信者が少ないこともあると思うが、多分この王の一癖も二癖もある性格が大きな原因だと思われた。
「確か、協会側にも結構な精鋭がいる筈じゃあなかったかしらね。」
「それでも足りないということでしょう。」
王は先ほどとは打って変わって難しい顔をしながら言う。
「そこでですね、貴方がたに行ってもらいたいのです。こちらのも面子というものがありますし、あまり階級が下だと駄目ですし、階級的にもピッタリだと思います。第三部隊も貴方方につけますし、行ってくださいますね。」
これは命令だ。王としてこの二人に命令を下した顔は至極真剣だ。しかしレグラシアはどうも腑に落ちないという顔をしていた。そして何かに気づいたのかすぐに口を開いた。
「陛下、この事態を予測されていましたね。大体、街に魔物が入り込んだらラムサの王である貴方も黙っていることは出来ない筈です。そうまでして今まで沈黙していたのはあちらに頭を下げさせるためですか・・・・なんて意地の悪い。」
「なんのことでしょう。」
王は例の胡散臭い笑顔を向ける。
「レグ、多分陛下はちゃんと勝算があるんだと思いますよ。ではなくてはいくら陛下だとは民の上に立つ方だ、責務がある。だからこそ私たちを動かすのでしょう。」
「バァロ、まともなことを言うね。」
その表情が呆気にとられたものであったので、バァロは口をはさむ
「俺は補佐官じゃあありませんし、いつもまともなことを言っていると思っていますが。」
「お前はいつもお小言がうるさいのよ。だから私の補佐官って言われるの。」
「っつな。」
「それはそうと陛下、行くのは良いのですが一個部隊も要りませんよ。」
あまりの言い草に絶句したバァロを尻目にレグラシアは話を進める。
「レグ、あまりバァロをいじめてやるな。」
ラムサ王は緩く笑ってレグラシアを諌める。そして、一枚の紙を机の上に出した。
「陛下、笑っていては説得力がありませんよ。それはなんですか。」
その紙に気づきレグラシアは眉を顰めた。
それを見てラムサ王は手にとって見ろと眼で言う。
レグラシアがそれに目線を移したのを見て取ると王は可笑しそうに口を開いた。
「一個部隊を要らないということは、肩書きが必要でしょう。」
その薄い一枚の紙を見たレグラシアは驚いたように目を見開いて王に目線を戻した。
「陛下。よろしいのでしょうか。」
「何、私の一存ですが、元々バァロは実力がありますし、問題などありません。とういか私が何も言わせませんよ。」
本当に可笑しそうに唇の両端を吊り上げる。それを気に食わなそうにレグラシアは顔を歪めた。
そこで今一つ付いていけてないバァロが疑問を口に出す。
「一体何のお話ですか。」
それを見てレグラシアがそのまま手に持っていた紙をバァロの目の前に突き出した。
「レグ・・・・・もうちょっと遠ざけてください。見えません。」
「ふむ、お約束ですね。」
王は感心したように二人の様子をまじまじと見る。
どうやらレグラシアはバァロに見せようとしたらしいが、紙が近すぎてバァロはちっとも字が読めない。
「一体なんなんですか・・・・。」
すでに怒る気力も失せているバァロは肩を落とした。
その反応をつまらないと思ったのかレグラシアはバァロに向って歩き、すれ違いざまに素直に紙をバァロに渡す。
「小隊で行きますのでロイドとマナを連れて行きます。」
「ああ、私から言っておきましょう。」
「その必要はありません、どうせ今から隊舎に行こうと思いますから。」
そういってレグラシアは部屋を出て行った。







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