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部屋一杯の長く大きい机を囲んで幾つもの椅子が並んでいる。
そのすべての椅子には各々が厳しい顔で座っていた。それらの中で一番中心に座っている人物だけ薄らと笑顔を覗かせている。そしてその隣にいる男は無表情でこの貴族達が勢ぞろいする会議室の中を見ていた。しかしこの男、内心では溜息が絶えない。彼は王の腹心とも言うべきこの国の宰相なのだが、横のこの王の態度に呆れているのだ。そしてそれ以上に目の前の貴族達にも呆れていた。絶対王制が敷かれているこの時代、体裁ばかりを気にし、自分たちが偉いなどと思っている馬鹿共が多すぎるのだ、と無表情の仮面を被りながら思う。
「陛下、我々は協会側の要求を飲むことに反対ですぞ。」
貴族達の中で鬚を蓄え、その身に似合ってもない金銀をつけている五十代半ばとも言える人物がその笑顔を浮かべている顔に言い放った。
「しかし、このままでは我らの国まで魔物が押し寄せてくるでしょう。」
王に言ったにも関わらず、王の隣に無表情で座っている男に言い返されてその男は顔を歪ませる。
「だいたい協会の奴らも何をしておるのか、あちらの精鋭は役立たずではないのか。」
腕を組んで協会を罵倒する男に何を思ったのか、その男の向かい側に座る男が声を発した。
「まぁまぁ、グランツ公爵。少々落ち着いて下さい。彼らも精いっぱいやっているのですよ。反対にこんな考え方はどうですか。あちらの要求を呑む、というよりはこちらがあちらに恩を売るという考えの方がこちらに実益をもたらします。」
そう言ったのは貴族の中でその老人より二回りほど年の若い青年だ。
グランツ公爵を諌めながらも、蛇のような細い目は王を見ていた。その視線を分かっているくせに王の表情は何も変わらず、そして口を開くこともない。
「ふむ、それは良い案だ。では、早速あちらに送る者達を検討しようではないか。」
よく言ったというような満足げな返答を返す。
そして王が口を開かないこと良いことにグランツ公爵は勝手に進めようとした。
「すいません、遅れました。」
その時、鈍重な音を立てて会議室の扉が開かれた。
「何だ。会議中だぞ。」
その音に反応したのは先ほど上機嫌になったばかりの男だ。
「すいません、会議中だとは重々承知しております。第一部隊副隊長、バァロ・モンテ。」
「宮廷魔術師、レグラシア・パルロス。」
レグラシアはいつもバァロの前に立っている筈だが、今日は後ろから入ってきて、その表情も少し不機嫌そうだ。
どうやら無理やり連れ出されたようだ。しかも、今回は定例会議などではなく特別会議だ。何が違うかというと定例会議は月に一度、行われるが、特別会議はその名の通り特別な事があったときなど、急に収集されるのだ。もちろん定例会議にも出席していないレグラシアは行く気など微塵もなかった訳だが今度こそはという具合にバァロに引っ張り出されたのだった。
「バァロ・モンテ・・・・・副隊長・・・・・どういうことですかな、バァロ君。」
貴族達一斉にバァロに視線が行く。ある程度予期していたとはいえ結構な緊張感だ。
「私が命じたのですよ。」
誰もが予想もしなかった声が聞こえてきた。
「陛下が。どういうことですかな。」
今度は示し合わせたように視線が王に集中した。
それを確認したようにゆっくりと王は笑みを深くする。それに怖気づいた貴族もいたのか空気が動く気配がする。
「宮廷魔術師レグラシア・パルロス、第一部隊副隊長、バァロ・モンテ、第二部隊所属、ロイド・ハーティス、第三部隊所属、マナ・カイツール。この四名を今回の任務に向かわせようと思います。彼らなら名実ともに文句はないでしょう。あまり大所帯で行ってもこちらが甘く見られては困りますし、あちらの魔物の現状次第では増援の可能性も出てくると思われます。」
横にいる宰相までも動揺していることなどこの王はお構いなしなのであろう。
聞いてないぞという心の声、もとい愚痴は後できっちり聞かせてやろうと思っているこの宰相は歪ませたい表情を無表情にすり替える。王の勝手などいつものことなので慣れているには慣れているが、振り回されるこっちの身にもなってみやがれとため息の出る思いだ。
「ですが、バァロ・モンテを急に副隊長にするのは如何なものかと。」
貴族達がこの若き王にしてやられたと動揺している間にもこの蛇の目のような男は冷静なようだ。宰相も彼に目を移す。貴族の中でも随分若いというのによくやっている。
こういう手合いは逆にうれしいものだ。
「確か、君はジェイド・ハルマン伯爵だったね。」
確認するように王は言う。
「若輩者ながら父の跡を継いで。」
「貴方が若輩者なら私など小童に過ぎませんね。」
揶揄っているのだろう。しかし、ジェイドの顔色は変わらない。
「恐れ多い。貴方は王になるべきしてなられたお方です。そのようなことはございません。」
「ふふ、そう思いますか。」
気に入った返事だったらしい。王は面白そうだ。
「陛下、バァロの件を。」
少し冷静になったのかグランツ公爵が王とジェイドの掛け合いを遮るように口を出した。
「ああ、そうでしたね。バァロはちゃんと実力を持っていますし、隊長になるのには試験がありますが特に副隊長になるには要りません。」
「だからといって、部下が着いてこないような人間には副隊長は任せられませんよ。」
どうしても自分たちで選びたいのか、はたまた反抗したいだけなのかジェイドは食い下がる。
「お言葉ですが、バァロ・モンテは面倒見が嫌になるほど良いし、部下にも慕われています。今の第一部隊の隊長は少し好戦的ですので落ち着いたバァロを副隊長にすることは適任だと思います。もちろん実力ともどもです。」
これまで沈黙を守っていたレグラシアが口を挟んだ。
「ふん、庶民風情が。」
グランツ公爵が吐き捨てるように言う。
「庶民風情でもやることはやっているので。」
にっこりと笑うとカツカツとヒールの音を響かせ王の方向へと足を向ける。
「陛下、マナとロイドに了承をもらいました。いつでもあちらに飛べる予定です。」
「御苦労でしたね。では明日の朝、紋を開かせるからそれまで休んで下さい。」
「陛下!!まだ私たちは納得していませんぞ。」
バンと音を立たせて立ち上がったのはグランツ公爵だ。
「何が納得いただけないのです。先ほど言ったように彼ら以上の適任者はいないと思うのですが、外に心当たりでもあるのですか。」
無表情を装った宰相が諦めの悪い貴族達を睨めつけるように見渡す。
「そ、それは、今から。」
「これも先ほど言いましたが、こちらを甘く見られるわけにはいきません、それにこうしている間にも魔物が出ているのです。大げさな事に発展する前に片をつけたいんですよ。肩書きと実力ともども彼らは持っているのです。あちらも文句のつけようもないでしょう。」
その宰相の言葉に満足そうに王は笑んで、再び口を開く。
「彼らは使者という形で送らせていただきますから選定されたいのでしたらそれからでも遅くはないでしょう。それにもうあちら側に明朝、訪れると言ってしまいましたし。」
そう王がのたまった瞬間、会議室が凍った。レグラシアや宰相でさえも動きを止めた。バァロは言うまでもない。
「陛下・・・・それは勝手というものでしょう。」
眉間にしわを寄せながらグランツ公爵は怒りをこらえているようだ。
周りにいる人々誰もがその気持ちを同調していた。
「まぁ、言ってしまったことは仕方がありません。今更、変更ということもできませんし。」
王はこれを狙っていたのか、と少々強引なやり方だが効果的だなと思いながら宰相は王が言えない言葉を代弁する。
「ぐ、仕方があるまい。陛下、今後こんなことがないよう注意いたしますよ。」
何か王以外の人々の雰囲気は同じだった。立ったままだったグランツ公爵はそのまま会議室から退室した。
そしてそれに従うように他の貴族達も気難しい顔を崩さないで次々と出ていく。
そして最後に鋭い目をしたジェイド・ハルマンが残った。
「まったく、貴方はとんだ食わせ者ですね。」
その細い目はますます細くする。
「それは、それは私などまだまだ若輩者ですよ。」
先ほどの言葉をそっくりそのまま真似をする。
両者とも挑戦するようにクツクツと笑った。
「私は他の貴族達とは違う。」
そして彼は最後に会議室から出て行った。
「覚えておきましょう。」
それを見ながらパタリとした音に紛れるかのように王は呟いた。















「まったく惜しい人材ですね。」
陛下はまだ扉を見つめている。いや、扉の向こうのあの男をみているのかもしれない。
「ええまったく。しかし、あの男は貴族側です。徹底的に陛下と交戦をするつもりですね。」
「まぁ、それも一興だろう。」
そう言うとやっと王は隣に座る宰相の方へと顔を向けた。
「それはそうと陛下、私はもう寿命が縮みました。お腹がきりきり痛みます。」
「おやおや、我らがルイ・トライデント宰相はまだまだ頑張ってもらいたいのですが。」
「あんなことはせめて私に報告してから言って下さい。」
「でも、ちゃんと把握して機転をきかせてくれたじゃありませんか。」
「冷や冷やするんですよ。」
たまらずルイと呼ばれた宰相は叫ぶ。先ほどの無表情は見る影もない。
「陛下、ルイの言う通りです。こちらも冷や冷やしました。毎度毎度あんなことを言うとこちらも持ちません。」
レグラシアもルイの後ろから言及する。
「レグ。私もそっくりそのまま貴方にそれを言います。俺のことを良い風に言ってくれたのはちょこっと感動しましたが、特別会議まで遅れ、しかもまだ、マナとロイドに言っていません。」
バァロは少し怒ったように言う。
「あれ、昨日あれから隊舎に行くって言っていませんでしたか。」
当然の疑問を王は口に出す。
「ええ、言ったんですけど不在でした。だからあれははったりです。」
「本当に陛下と同等ですよ。ひやりとさせられました。」
バァロはそう言うがレグラシアはどこ吹く風だ。
「陛下の方が格が上だと思いますけど。」
「そういう問題じゃありません。」
バァロは声を張り上げる。
「まぁ、二人とも先の事を考えましょう。」
王がそう言うと三人とも口を揃えて言った。
「貴方がそれを言うんですか。」
「おお怖い、怖い。じゃあ私も退散するとしようかな。」
「まぁ、あの二人は快く承諾してくれるでしょうからここでお開きにしましょう。しかし陛下、まだまだあなたに言いたいことがありますから残ってください。」
そう言った宰相の顔は眉間に皺を寄せながら笑っていた。







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